<第六章 谷本次期頭取誕生の軌跡>
クーデター未遂事件(5)
全店支店長会議の席上、植木頭取の訓話で取り上げられた「銀行業務改善隻語」の購入希望者を人事部で取りまとめた結果、500冊を超える応募があった。維新銀行内部では植木頭取がこの本を読むことを推奨したため、谷本営業本部長はノンバンク融資を控えざるを得なくなり、当初計画した予算目標数値は月を追うごとにかい離幅が大きくなっていった。
政府・日銀は景気過熱によるインフレ発生を未然に防ぐため、公定歩合を89年5月から5回にわたる引き上げを実施。また、税制の見直しや土地関連融資の総量規制等が行なわれ、これらの政策により株価・地価は急落したため、1990年をピークとし翌年からバブルの崩壊が始まった。
バブルの崩壊は消費低迷を招き倒産を増加させたほか、生産規模を拡大した企業は、雇用・設備・債務の3つの過剰に苦しむことになり、日本経済は90年初頭から「失われた20年」といわれる長期の景気低迷のスパイラルに陥ることになった。
谷本が営業本部長に就任した89年6月から翌年3月末までの9カ月間、ノンバンク融資拡大に走った。しかし植木頭取が4月に全店支店長会議でノンバンク融資を控えるように訓話してから回収方針に転じたため、営業本部長の谷本は動けなくなった。
植木が「お互い汗を流して水の湧き出る井戸を掘る努力をしよう」と言ったが、西部県での資金需要は限られたものであったし、県外で貸出を増やそうとしてもノンバンク以外の資金需要を掘り起こすには無理があった。
そのため業績低迷の責任を取って翌年6月、谷本は営業本部長の職を解かれ、首都圏本部長に左遷された。
植木のノンバンク融資への思い切った撤退方針により傷口が小さくて済んだ維新銀行は、バブルに手を染めなかった「堅実な銀行」としての評価を受けるようになったが、谷本営業本部長時代に取り組んだノンバンク融資を含む安易な貸出は、維新銀行のその後の経営に重くのしかかる不良債権となった。皮肉にも谷本営業本部長のノンバンク融資を諌めたのは植木頭取であり、その不良債権を赤字決算により処理したのは谷本から頭取の座を引き継いだ谷野であった。
谷本が10年間頭取の座に居ながら放置していた不良債権を処理し、第五生命の山上の保険勧誘にメスを入れた谷野は谷本の逆鱗に触れることになった。谷本の虎の尾を踏んだ谷野は、「頭取交代劇」のターゲットとなった。
バブル崩壊により維新銀行も大きな影響を受けることになったが、他の地方銀行と比べると不良債権は格段に少ないものであったため、谷本は首の皮一枚で生き残ることが出来た。
それは「信を失えば即ち立たず」として、ノンバンク融資からの撤退を早期に実行した植木頭取の英断によるものであった。
「この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません」
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